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Gone with the leaf -縮小版ー [捧げ物]

「夢の素」のケイ様へ 66666打お祝いの捧げ物です。
ウフフ、私が踏んだんだあ~♪

イル誕ネタに困って相談したところ「執事なんてどう?」とのお言葉。
おおおーっ!それイイ!
バトラー繋がりで「風と共に去りぬ」のパロディーでイこう!
と飛びついたのですが、力不足…足掛け4ヶ月もかかってしまいました。
里外任務のお話です。
アニナルでどんくさいイルカを堪能したあとだから、
いやいやいやこんなのないないないないないない と お思いでしょうが辛抱してください(笑)
上流社会についてはスクリーン上の拙い知識しかありませんのでご容赦を…。
珍しく長文です。
トイレを済ませてから覚悟してお読みください(笑)
完全版は次の蔵出しまでお待ちください。

 

   =注意= 大人風味のため、子供は続きを読んではいけません!
         

 

 

 

 

 

 


 

 


愛しい我が子に乳を含ませながら、ケイは遠く離れた木の葉の里に思いを馳せる。
うみのイルカに出会わなければ、この子を抱くことは叶わなかっただろう。

 

             ― Gone with the leaf ―       

 

 


若葉が芽吹く頃、木の葉の里から親書を携えたひとりの青年がその館を訪れた。
黒い髪を結わえた鼻に疵のある青年は、うみのイルカと名乗る。
その青年は、相手がどんな人間であろうと真正面から向き合う性質だった。
どんなときでも背筋をしゃんと伸ばし、相手の目を見て話をする。
その黒い瞳が何もかも見透かしているようで、女主人レディ・ケイは少し戸惑った。
聞き覚えのある「うみの」という姓も気になった。

ケイは、美しい眉を片方だけ僅かに吊り上げて視線を親書から青年に移した。
丈夫そうな肢体に黒い髪と黒い瞳、鼻梁を横切る疵跡。
忍者というが穏やかな印象を受けるのは、略歴にあるように教師も兼ねているからか。

「それで?」
静かに彼女が問うと、イルカは凛とした声で答えた。
「そこに記されている通りです。レディ、私は貴女のために此処へ参りました。
何なりとお申し付けください。今、この時より従順な僕となりましょう」
膝を折り頭を下げるその姿は既に君主に対する態度だった。
「そう」
と彼女は短く答えて天井まで届く大きな窓の外を見た。

見渡す限りの肥沃で広大な土地は彼女のもの。
木の葉の五代目火影が何を考えているのかわからない。
遠い昔、ケイの父親が綱手姫の借金を肩代わりしたと聞いたことがあったような無かったような。
「バトラーなら居るわ。 貴方は要らない」
ケイはイルカを一瞥すると、再び麦畑を眺めてそう言い放った。

 

「五代目火影は何を考えてるのかしらね?」
ケイは年老いた乳母に愚痴をこぼした。
「顔の真中に疵がある男なんて、用心棒ならまだしも執事とは…ねえ?」
「わたしの視たところ…」
乳母はケイが脱いでいく衣類をたたみながら静かに答えた。
「みどころのある青年かと。おいてやってもよろしいのでは?」
足元から厳かに湯に浸かったケイはほうと息を吐いた。
明日は投資先のCEOとの会談と種馬の貸出し契約に慈善団体との食事会。
忙しさで目が回る。
鼻疵のある青年を館においてやるかどうかなど、正直どうでも良いように思えてくる。
「おまえの好きにしていいわ。少し、独りにして…。上がる前に呼ぶから」
「はい。それと男爵がお待ちですが…」
「わかってるわ」
乳母が小さくお辞儀をして浴室を出て行った。

まだお若いのにお嬢様には護るべきものが多過ぎると乳母は憂う。
土地 財産 小作人…
湯の中で儚げに丸まる背中を思うと、乳母の胸は締め付けられた。
「うみの…」
ケイはバスタブの中で、昼間に会った頬を紅潮させた鼻疵のある青年を思い出していた。

 

 

翌日からイルカは精力的に仕事をこなした。
少しでもケイの負担が軽くなるよう、スケジュールの調節を執事長に進言した。
古い館の改修箇所をチェックし、作物の出来と卸値に目を配った。
ケイが館に居る間は片時も傍を離れず尽くした。
その振る舞いはおよそ忍らしくなく、親子何代にも亘ってこの家に仕えている者のようだった。
馬車の乗り降りの際には膝を差し出し、少しの段差にも腰を支えた。
来る日も来る日も、おまえは要らないと言ったのにまだ居たのかという厭味にもめげずに
笑顔で女主人の手足となり、ケイが喜ぶように寡黙に立ち働いた。
たとえ、ただの一度も感謝されずとも。

 

イルカの好青年ぶりに小間使いや小作人の娘達が色めきたつのに、日はかからなかった。
乳母は間違いが起こらないかと気を揉む毎日だったが、若いケイは乳母の声に耳を貸さなかった。
それどころか、過酷といってもよいほどの仕打ちをイルカに課した。
「行きなさい、うみの。 行ってお睦みなさい」
ケイの命令に、イルカは辛そうに眉を寄せる。
この美しい人は何故こんなことを?
目を閉じて唇の端を噛み締めた。


その夜、娘に背を向けたイルカは服を脱ぐ素振りで印を結んだ。
同時に壁越しにケイの気配を感じたイルカは、一層複雑な印を結ぶ。
イルカはベッドに娘を残したまま、椅子に腰掛けて脚を組んだ。
娘は喘ぎ始め、隣室ではケイが息を詰めているようだった。
幻術にかかった娘が、息も絶え絶えに女主人の過去について喋った。
国の内戦で婚約者と父と兄を喪ったこと。
結果、莫大な遺産を受け継いだこと。
数々の求愛を拒んでいること。
幼馴染で献身的な男爵からの熱烈な求婚さえも反故にしていること。
内戦以来、女主人は誰とも契りを交わすことなく領主として務め、今日に至る。
「アンタに抱かれて嬉しい。レディにはできないことだもん。
あのひとはこの土地と結婚してるってみんな言ってるわ」
イルカは脚を組み直し形の良い顎に手をやって、
自分がこの館へ送り込まれた意味を、もう一度深く考えた。

 

 

「気が済みましたか?オレにあんなことをさせて?」
翌日、朝食後の中庭で、イルカは二人きりになるとケイを鋭く見据えたまま尋ねた。
「なんのこと?」
ケイは首を傾げて、自分の指先をみつめた。
激高するイルカに昨夜の激しさの片鱗を垣間見た気がして、思わず笑みが漏れた。
イルカの強い視線を痛いほど感じる。
憎めばいい。
憎んで厭になって、この館から出て行けばいい。
そうすれば閉鎖的なこの土地に元通りの退屈な日常が戻ってくる。
この土地では何も変わらなくて良いのだとケイは信じていた。

ケイが微塵ほども罪悪感を持たないことに、イルカは目を閉じて頭を振りながら溜息を吐いた。
「…貴女は哀しいひとだ」
イルカの言葉がケイの胸の奥深くに突き刺さった。
見透かされたのか―この乾きを、この土地へ来てまだ日が浅い余所者に。
誇り高いレディ・ケイに対して、そういった事は断じて赦さない。
「ねえ、うみの。爪が伸びたわ。切って頂戴」
イルカの言葉に動揺したことを悟られぬよう、
ケイは一層頭をそびやかし、さほど伸びてもいない指先を差し出した。

ケイはイルカの手の温かさに戸惑う。
イルカはケイの指の儚さに戸惑う。
こんなにも頼もしい手がこの世にあったのか。
こんなにも小さな体で全てを取り仕切っているのか。

 

 


   馬車を降りる私を手伝うイルカの手が強引さを覗かせた。
   抱きすくめられて至近距離でみつめられる。
   なにかを言おうと開いた唇が塞がれた。
   全てを奪い取るような激しいキスに眩暈がする。
   糸を引く唾液をイルカが親指で拭う。
   私は頭の芯が痺れたようで、叱ることもできないでいた。

 

ケイは息を荒くして目覚めた。
妙な夢を見たものだ。
そっと唇に手をやると、ねっとりと濡れている。
全ては夢だ。ただの夢だと自分に言い聞かせる。
しかし一方で、もし…
とケイは時々考える。
もし、自分が護るべきものが多い女主人ではなく、小作人の娘であったなら?
つみたてのブルーベリーをイルカの唇に押し当てただろうか?
掌いっぱいに盛った濃い紫色の果実を直接食ませるだろうか?
そうしたら、あの腕の中で安らかに眠れるのだろうか?

 

 

 

初夏の強い日差しが直接ケイの肌を焼かないようにパラソルを差しかけたイルカは、
狐狩りのあとのレモネードを差し出す。
「ありがとう」
とケイは初めて礼を言った。
「my preasure」
とイルカは嬉しさのあまり消え入るような声でそう答えた。
客人たちと談笑しながら冷たいレモネードがケイの喉を通っていく様を、
イルカは魅せられたようにみつめる。
それに気づいたケイがイルカを咎めるように視線を投げかけると、
イルカははっと気づいて慌てて目を逸らした。
頬が赤らみ鼻腔が膨らんでいる。
ケイはそっと笑みを零した。

「紹介するわ。男爵、こちらはうみの。木の葉隠れの里から何の為だか来ているの。
うみの、こちらは男爵。幼馴染でこの館にはしょっちゅう出入りしているの」
イルカは腰を折り、男爵は帽子に手をやった。
精悍な印象を受ける百戦錬磨の忍イルカと、大柄で髭を蓄えたいかにも良家の男子然とする男爵。
若い頃、親やしきたりに反発して、世界中を放浪した経験を持つ男爵に興味を持ったイルカは
瞳を輝かせて楽しそうに話している。
対照的なふたりのその様子をケイは面白そうに見比べていた。

 

 

なかなか好い執事ぶりだ。口ではああ仰っているが
今ではレディの一番のお気に入りだろう とバトラーが言った。
執事長を乗っ取る気はありませんよとイルカが笑う。
「それでは一体何をしにこの館へ?」
不審そうに眉を顰めるバトラーにイルカは物憂げに答えた。
「お嬢様をお救いするという特命のため…」

 

ケイは変わらずイルカに娘達と過ごすように水を向ける。
イルカの困惑する顔を見るのは面白かった。
その困惑と情事の激しさの差にケイは面食らったが、
イルカはただ女主人に忠実なだけだった。

 

 

 

      またあの夢だ とケイは思う。
      イルカと一緒にいる夢。
      イルカと触れ合っている夢。
      夢の中の自分はまるで別人のようだとケイは思う。
      一体、どちらが本当の自分なのだろう?
      一晩中、ケイはイルカに翻弄され続ける。


   


「昨夜、うなされていたと乳母から聞いたんだが、大丈夫かい?」
朝の散歩の途中で立ち寄った男爵が遠慮気味にケイに尋ねた。
ケイは微笑みながら首を横に振る。
「うなされてなど…」
男爵は小さく嘆息してケイをじっとみつめた。
「君は忙しすぎるんだよ」
「忙しいのは大好きよ。生きてるって感じがするもの」
「ああ、だけど…」
男爵はレイの前に立ちはだかりその肩に手を置いた。
「僕は心配だ。どうか手助けさせてくれ」
「ありがとう、今でも充分手助けしてもらってるわ」
「…違う、僕が言いたいのはビジネスの面だけじゃなくて、もっと個人的な…。
何度言えば解ってくれる? 僕は君と結婚したいんだよ」
ケイは嬉しいわと言った。
「だけど残念ながら、皆が言うように私はこの土地と結婚してるようなの。
エリザベス1世のようにね」
自嘲するようにそう付け加えた。

 

 

 

 

 

風が強く吹いていた。
実った麦の穂が海原のように波打つ。
イルカは腕が鳴るなあと言って周りの者を驚かせた。
実際、収穫には数十人のイルカの影分身が働いた。
出掛ける途中の馬車の中から、ケイはその様子を見ていた。
たくましい筋肉と誇らし気な笑顔。
「忍者や執事なんかより農民の方がよっぽど似合っているんじゃないかしら?」
ケイは御者が当たり障りのない返事をするのを上の空で聞いた。
小作人の若い娘達が数人のイルカに熱い視線を注いでいる。
幾度もの伽のことが噂になっているのだろう。
「さあ、急いで。日暮れまでに戻りたいわ」
声に僅かな苛立ちを潜めて御者に伝えると、頭をしゃんとそびやかし前を見据えた。
数人のイルカがその様子に気づいて会釈をしている。
ケイの口元に笑みが浮かんだ。


夕刻になっても風は止むどころか勢いを増していた。
湿った強い風がイルカの頬を撫で、髪を乱している。
嵐が来そうだとイルカは目を凝らした。
イルカの予感どおり、空は次第に黒い雲に覆われていった。
大粒の雨と強い風が吹き付けていた。
「どうしましょう?この時間ならお嬢様はあちらを発ったばかりだわ。男爵様は出張中だし…」
乳母がお仕着せのエプロンの端を揉みながら、おろおろと心配している。
「東の森を抜けて来るのなら川が心配です。オレが見に行きましょう」
イルカは馬に跨って鞭を振り地を駆けた。


案の定、小さな橋は流されていて、向こう岸で怯えた馬が右往左往している。
「川上へ!」
とイルカは叫んだ!
「川上の鉄橋へ!急いで!」
川を挟んで並走しながらイルカは叫んだ。

鉄橋に辿り着いたとき、イルカは遠くに轟音が響くのを聞いた。
忍の耳でしか聞き取れないほどの僅かな予兆だったが、それがじきに此処を襲うことは予想できた。
「なんてことだ…竜巻が来る」
イルカの言葉に驚いた御者が大きな声で嘆き、うろたえるのをイルカが制した。
「結界を張りましょう。念のため、レディはオレと…」
イルカは印を組んで土遁の術を発動させた。

通常の土遁壁とは違い、地下にシェルター状の空間を作り出す。
馬が嘶くのを聞いたケイは身を震わせた。
イルカはケイの傍に寄り添い手を取った。
「大丈夫、オレが居ます。オレが護り切ります」
ケイの背中をさすりながら耳元でそう囁くイルカの声にケイの心が軋む。
淫らな夢を思い出し、心拍数が増える。
数年間、自分自身に禁じていた感情が湧き上がった。
震えるケイをイルカが気遣う。
「大丈夫ですから、安心して」
呪文のようにそう繰り返した。

やがて地鳴りが始まった。
馬は一層興奮しているようだった。
頭の上の地上で恐ろしいことが起こっている。
それなのに、この安心感は何なのだろうとケイは不思議でならなかった。
イルカの声と話し方の所為か。
2人だけの空間は、ほの暗くしんと静かで湿り気を帯びていた。
ケイはイルカに見つめられているのを感じた。
レモネードを飲むケイをみつめたときと同じような慾情を含んだ眼差しで。
投資先や取引先の男達のそういう目を、ケイはよく知っている。
自分の容姿が男達の情をそそることを承知しているつもりだ。
かつて婚約者が誰の目にも触れさせたくはないと言ったほどだから。
あからさまな男達の態度に男爵は憤慨し、陰ながら男達からケイを守った。
それに、ケイ自身も男達の慾情から上手に逃げてきた。
そういうことに、いつの間にか長けてしまっていた。
今回も同様、ケイはイルカの腕から逃れると冷たい視線を浴びせかけた。
大抵の男達はその威厳に怯んでしまう。

しかし、イルカは一層じっとケイを見つめ続けた。
防御なんて今更何の意味があるのだろう?
イルカはあまりに真直ぐ過ぎる。
「貴女にくちづけたい」
土の下の結界の中で、イルカは低い声でそう言った。
ケイはふんと鼻で笑い、距離を取ると髪に手をやり簪を投げた。
目に突き刺さる一瞬前に簪を掴んだイルカは、怒ったような目をしてケイににじり寄る。
身構えるケイの髪にそっと簪を挿し、きつくうなじにくちづけた。
「何をするの!」
ケイはうなじに手をやって、イルカを睨みつけた。
涙が滲んでしまうのはどういうことか。
ケイは今までにない屈辱的な気持ちになった。
「謝る気はありません。オレはしたいことをしただけだ」
「何を!? 失礼極まりない!」
「使用人の分際で? そうですね、オレはただの執事だ。だからこそ女主人の幸福を願う。
貴女は素敵な女性です。だからもっと素直になるべきだ。自分の気持ちに気づくべきです」
イルカの厳しい眼差しが柔らか味を帯びた。
「ようやく気づきました。オレが此処へ来た理由を」
「五代目火影の気まぐれでしょう」
ケイは声に苛立ちを込めて言い切った。
「いや、それは違う」
「昔、父が借金を肩代わりしたって聞いたわ」
「そう。だが、それだけじゃない」
「じゃあ何のために? 最初に言った筈よ。おまえは必要ないと」
「貴女にはオレが必要です。オレは貴女を解放する為に来たんですよ」
イルカは穏やかな笑みを浮かべてケイとの距離を詰めた。

「男が本気で力尽くになったら、どういうことになるかお解かりでしょう。
男爵様はそれをしないでいらっしゃる。素晴らしい方ですよ」
イルカはケイの手を取ると、両手で大切そうに包み込んでくちづけた。
「美しさは罪ではない。変わることを恐れないで。オレが手伝います」

ずるいアプローチ。
一体どこから来るのか。
その自信は。

 

 

 

 

「昨日のうちに刈り取っておいて良かったですね」
翌朝、快活にそう言ったイルカを、ケイは直視できなかった。
嵐の後の晴天の下、イルカはいつもより親密にケイに笑いかける。
ずきんとうなじが疼く。
ケイの頬は数年ぶりに真っ赤に染まった。


食事のとき 商談のとき 館から出るとき帰るとき
どんなときにもケイは イルカの視線を感じた。
土遁の結界の中で起こったことを呼び覚ますような視線を。
解放するだと?
ケイは頬杖をついて考える。
お行儀が悪いと乳母に注意を受けた少女時代からの癖だった。
自分は何もかも思い通りにしているではないか。
社交界でも有名な自立した立派な大人の女性ではないか。


「可愛い癖ですね」
ブルーベリーのソースが掛かったアイスクリームを持って来たイルカが話しかけた。
「え?」
「考え事をするときの癖でしょう? 貴女をずっと観察していて気づきました」
「観察? まるで珍獣扱いね」
イルカは微笑んで小さく頷いた。
「ええ、貴女は小さなモンスターだ」
何か言い返そうと言葉を捜していると、イルカは一層にっこりと微笑んだ。
「男爵様がじきにお着きです」
「そう、ありがとう」
ケイはそう言うと、銀のスプーンで紫と白を交ぜ合わせた。

 


従順そうでいて自信たっぷりにずけずけと物を言うイルカ。
権力を傘に着ることなく、ケイを崇拝し続ける男爵。
正反対の男達について、ケイは時折考えた。
だからといって比較したり天秤にかけるつもりなどない。
イルカは自分を愛してなどいないから。


季節がゆっくりと巡っていく。
相変わらず多忙な日々を送るケイを、執事イルカは全力でサポートした。
ケイは度々淫らな夢を見るようになっていた。
夢の中では、ありとあらゆる方法でイルカはケイを官能の世界へいざなう。
バルコニーで、馬小屋で、畑で、川の中で、あらゆる場所で。
目覚めると酷く消耗していたが、その頬は薔薇色に輝いていた。

 

 


真夏の深夜、ケイの寝室に人の気配がする。
誰かが名前を呼んでいる。
これは夢か? 
「…誰?」
ケイは暗闇に向かって問うた。
「オレです、うみのイルカです」
闇の中から髪を下ろしたイルカが浮かび上がった。
これは夢の続きなのか?

 

 

音も無くイルカがケイの寝室の絨毯の上に立つ。
「なんなの?こんな時間に」
「無礼をお赦しください。レディ、大変です…落ち着いて聞いてください」
只ならぬイルカの真剣な口調に、
ケイはストールを胸の前で深く合わせて身構えた。

「木の葉から式が飛ばされて来ました。近いうちに隣国が攻めて来ます」
ケイは目を見開き、息を呑んだ。
「そんな!隣国との関係は友好な筈よ」
「首謀者は将軍です。先の内戦で敗れた…」
ケイの脳裏に憎い男の姿が浮かんだ。
彼こそがケイから愛する者を奪ったのだ。
「亡命国から密入国し、王女を人質に国王を脅しているのです」
「なんて卑怯な…」
「目的はこの土地。いや、それよりも手に入れたいものは」
イルカの喉仏が上下した。
「ご承知のとおり、貴女です」
ケイの美しい顔が苦悩で歪むのを、イルカは苦い思いでみつめた。
「いやよ。また戦争が起こるなんて。また人が大勢死ぬなんて」
「もちろんです。今、水面下で戦争を阻止する為に仲間があらゆる手を打っているところです」
ケイの胸の奥底に閉じ込めていた記憶が蘇る。
ケイを我がものにと将軍は武器を手に言寄った。
婚約者は命がけでケイを守ったのだ。
あの卑しい男が、再び攻撃をしかけてくるとは。

次第に蒼ざめていくケイに、凛とした声でイルカは言った。
「貴女に出来ることはただひとつ。万一の場合に備えて隠れてください。
信用できる所で待っていてください。オレが貴女の影になります」
イルカはそう言うと印を組んで分身と変化の術を発動させた。
煙と共にイルカの隣にレイに瓜二つの女性が現れた。
「スケジュールは調整します。なるべく公の場に出ないようにしますから、
貴女の顔に泥を塗るような失敗はしませんよ」
ケイそっくりのイルカがおどけたようにそう言った。
ケイは信じられないといった面持ちでイルカが変化したケイをみつめた。
「何?どうやったの?何故私が2人?」
「心配要りません。忍者の底力をお見せしましょう。
どんな手段を使っても、この戦争は起こさせません」
ケイの姿をしたイルカは本体に向かってこくんと頷くと、ベッドへ横たわった。
本体のイルカはケイにしっかり掴まってと言うが早いか煙と共に消えた。

 

 

遠く離れた木の葉の暗部が任務を遂行するのに時間はかからない。
全ては秘密裏に粛々と成されていった。
隣国の王女は救出され、国王は復権し、将軍は亡き者に。
将軍の手下共には忘刹の術が施術された。
隣国がどの隠れ里ともパイプを持たない事が幸いした。
その間、4日。
イルカが変化したケイは、乳母に凄い食欲だと驚かれた以外、ケイ役に徹した。
本体のイルカはいつもと変わらず執事として立派に務めた。
そして、ケイは…
最も信用できる人間―男爵邸で身を潜めていた。
この4日間、ケイの心は未だ嘗て無いほどに癒された。
非常事態にも拘らず、紳士的にケイを護る男爵ほど頼もしい者はなかった。

5日目、イルカは男爵邸にケイを迎えに行った。
本来なら、すぐに忘刹の術を施術するところを
少し考えたあと、言霊封じの術をかけるに留めた。
これで戦争勃発の危機については一生誰にも話せないだろう。
ケイの記憶に残るのは、この一大事に心を砕いて親身になった男爵のこと。
イルカは全てが終わったことを告げ、男爵に深く礼を言うと
ケイを抱き上げ再び煙と共に消えた。

 

 

 

なにごとも無かったかのように、とうもろこしの収穫が行われる。
缶詰工場はフル稼動し、人々の笑顔は誇りに満ちていた。
一段落する頃には葡萄酒の仕込みが始まる。
チーズを熟成させ、家畜を太らせる。
そうやって、この土地の人々は一年を過ごす。
古くから大地の実りを天に感謝し、慎ましく生きてきた。

月日は移ろい、秋の収穫祭が執り行われ、イルカは人々の輪の中心にいた。
今や、ケイはイルカに絶大なる信頼を寄せていた。
最初の険悪な数週間が嘘のように、腹心といっても良いほどだった。
ケイは冗談を言うようになり、よく笑うようになった。
このことは、乳母を驚かせ喜ばせた。
まるで鎧を脱ぎ捨てた女神のようだと賞賛した。
一方、イルカも忍者の血生臭い生活とは相反する牧歌的な日常に
心が洗われる思いだった。

だが、至福の日々にも終わりが来ることをイルカは誰よりもよく知っていた。

 

 


秋深い夕刻、バルコニーから眺める夕焼けは格別のものだった。
遠くの山に棚引く雲 肥えた土地を縫うように流れるいくつもの川
脳裏に焼き付けるように、イルカは長い間その風景を眺めていた。

「オレ、此処へ来て良かったです。此処は地上の楽園です」
振り向きもせず、イルカは言った。
「気づかれないと思ってたのに、さすが忍者ね」
ケイは少し笑ってイルカと並んだ。
うみのがこんなことを言い出すなんて、とケイは思う。
覚悟をしていたことだけれど。

「帰還の命が下りました。明朝発ちます」
「…そう」
ケイは小さくそう言ったきり、黙りこんだ。
邪険にした謝罪だとか危機を脱した礼だとか、寂しくなるとか
言うべき事は山ほどあるのに言葉にならない。

イルカはケイをみつめると数度瞬きをして、喉仏を上下させた。
「オレ…」
ケイは首を傾げてイルカが何か言うのを待った。
「オレ、貴女にうみのって呼ばれるの、好きでした」
それが精一杯のイルカの告白なのだろう。
夢の中でケイを抱くイルカはいつも、切なくなるほど愛していると囁いていた。
イルカとケイはただの男と女、完璧な恋人同士だった。
夢と現実の違いに少しだけ苦い思いを感じつつ、
頬を染めるイルカを見上げたケイは朗らかに笑った。
「私はおまえの話す声が好きだった」
イルカはケイの言葉に嬉しそうに鼻疵をぽりっと掻いた。

百舌鳥の賑やかな囀りが聞こえたかと思うと、大きな群れが巣に帰って行く。
灰は灰へ 塵は塵へ
全ては元或る場所へ 在るべき場所へ。
自分は此処から居なくなる。
イルカは明日、木の葉へ向かう。
もうケイを護る事は叶わない。
ならば、これだけは伝えておかねばならない。
誇り高いレディに殴り飛ばされる事になるかも知れないと、イルカは腹に力を入れた。

「どうか…レディ」
少し言い淀んだイルカが、真剣な声で続ける。
「どうかしあわせになってください。男爵と一緒に」
「ええ」
「うっそ!」
余りに明快な回答に驚いたイルカは、ケイの顎を持って上を向かせて瞳を覗き込んだ。
男爵と結婚しろなどと、直接的なことは一度も言ったことのないイルカだったが、
意を決して進言した答えがこんなにもあっさりしたものだとは。
イルカの手を振りほどきながらケイは笑う。
「嘘だなんて失礼ね」
「だって長い間拒んでいたじゃあないですか」
イルカは念を押すようにケイに詰め寄った。

この青年はこれほどまでに自分のことを案じていたのだとケイは痛感し感謝した。
だが、それを言葉にするには照れがありプライドが邪魔をする。
「女心は変わりやすいの、知らなかったの?」
ケイは笑いながらそう言って誤魔化すことしか出来なかった。
本当はイルカを抱きしめてやりたいほどだったけれど。

ああとイルカは呻く。
「貴女には敵わないな」
ケイはうふふと笑った。
そして思った。
百舌鳥が巣に戻るように、イルカも木の葉の里に戻って行く。
今、伝えなければ。
素直な貴女は最高にイイ女だと言ってくれたのだから。

「あのとき、あの4日間」
ケイはゆっくりと息を吸い込んでイルカの瞳をみつめた。
こんなに素直な気持ちになれたことが不思議だった。
イルカは頑な人の心を変える不思議な力があるのかも知れない。
「私には男爵が必要だということがよく解ったわ。
このひとこそが運命のひとだと気づいたの」
イルカは頷き微笑んだ。
「これで安心して里へ帰れます」

「ただ…」
ケイの顔が曇るのでイルカは眉を顰めた。
「どうしました? なにか問題でも?」
「ああ、こんなことおまえに言うのはどうかしてると思われるけど…」
「目合いのことですか?」
イルカの言葉にケイが目を丸くした。
「おまえにかかると随分風流になるわね。でも、ええ、そういうこと。
長い間していないから、心配で」
「大丈夫ですよ。レッスンは済んでいます」
ケイは首を傾げて自信たっぷりに言うイルカを見上げた。
「夢の中で…ね?」
「…っ?」
ケイは息を呑んで一層イルカを凝視した。
「夢って、あの…」
「そう、オレが見させていました。怒らないで、貴女を解放する為だったんですから」
「ああ!」
ケイは真赤になった顔を両手で覆った。
「おまえ、まさか本当に」
「違います、心配しないで。幻術です。貴女には指一本も触れていません」
「じゃあ、もしかして、小作人の娘達とも?」
「勿論です。愛の無い行為ほど虚しいものはありませんから。
此処を発つ前に彼女達には記憶操作をしておきます」

ケイは驚きと尊敬の眼差しでイルカを見つめた。
「忍者って凄いのね。魔法使いみたい」
「木の葉の忍者ですから」
イルカは胸を張って誇らし気にそう言った。
「本当になんと言えばいいのか…。ありがとう、うみの」
照れもプライドも投げ捨てたケイは心を込めて礼を言った。
「こんなに感謝されるなんて、執事冥利に尽きます」
イルカは笑ってもう一度鼻疵をぽりっと掻いた。

そんなイルカをケイは微笑みながらみつめ、いつか言おうと思っていたことを口に出した。
「うみの…うみのの曽祖父様は私の曾祖母様と従姉弟だったのよ」
「はい、知っていました。頑固なところがお互いにそっくりですからね。
遠い親戚、だからこそ貴女の力になりたかった」
「充分よ。おまえが言った通りに私は解放され救済された」
ケイの言葉にイルカは奥歯を噛み締めた。
なにかを決心したようだった。

「もしも、貴女の身になにかが起こったら、オレはすぐに駆けつけます」
あまりにも真剣な言い方をするので、ケイは泣きそうになった。
内戦後、ひとりぼっちだと思っていた。
ひとりで頑張らねば、喪った愛する者たちに顔向けできないと思っていた。
しかし、今、ケイには男爵とイルカがいる。
ケイを敬い、忠誠を尽くす男たちが。
浮かんだ涙を乾かすように、大きく瞳を見開いたケイははしゃいだ声を出した。
「有能な執事兼頼もしい騎士っていうわけね?嬉しいわ」

イルカはケイの瞳に光る涙に気づき、胸が詰まった。
傍に居たいと思った。
傍に居て男爵と共に護ってやりたいと願った。
だが、それは叶わぬこと。
イルカはケイをみつめて微笑み、再び真顔に戻る。
「レディ、最後にお願いがあります」
「いいわ、おまえには世話になったから」
「…抱きしめさせてください」
頬を染めて言うイルカが可愛らしく、ケイは大げさに両手を拡げてみせた。
「いいわよ、さあいらっしゃい」

イルカは照れ笑いしながらゆっくりと長い腕をケイの背中に回す。
「When You call my name, I'll be back.  I'll be there」
映画のような気障な台詞に2人は噴出し、みつめ合うと、もう一度抱きしめ合った。

 

 

明日、木の葉の芽吹きと共に訪れた黒い髪の青年は、落葉と共に去って行く。
「おまえもしあわせになるのよ」
半ば命令的なケイの言葉をイルカは笑顔で受け取った。
それはそれは、世界で一番麗しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

ケイさんへ
たくさんの愛を込めて…
遅くなってごめんなさい;
萌えの素をありがとうございますv
イルカみたいな執事兼騎士が傍に居れば
人生怖いもんかと思います(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント(3) 
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コメント 3

ねね



ケイさん こんにちは♪
ご来訪とコメントをありがとうございますv

ほんっとに遅くなってしまってすみません;;
数行書いては止まり書いては止まりを何度も繰り返した結果、
こんなに長くなってしまいました。
それにケイさんがご所望のイルカではなかったかも;
ヒロインとラブラブじゃないもんねl;
イルカは忍者で教師だから、人をなにかから護って導く者として描きたかったの。
スルメと言ってくださって嬉しいvv

プレゼント? うわあ!嬉しいわあ!
夢のタマゴっていうのがなんか、ええわあ♪
でもケイさんはお忙しいですから、どうかご無理なさいませんように。
体調を崩すと元も子もないですからね、そこのところ、本当に頼みます。
夢のタマゴをじっくりあたためて、いつか素敵イルカに逢わせてくださいね。

すっかり涼しくなりましたね。
汗ってどんなんやったっけ?とか思うほど。
で、仕事中汗だくになって、そうそう、こんなんやったわ今年の夏!とか思うの(笑)
気温の変化に負けないで、お互い前向きに頑張りましょうね!オーッ!!




by ねね (2010-09-26 10:20) 

ねね



あっきいさん こんにちは♪
ご来訪とコメントをありがとうございますv

長いお話でしたのに、お楽しみいただけたようで嬉しいです♪
そうそうそうなのv
イルカ先生は地味に頑張る主婦の味方ですのよ(笑)
炊事・洗濯・掃除に加えてナース的な役割に、工具をいじることも…
しかもそれが365日24時間ですものね。
お互い、よくやってるよね~!
お子さんが受験生ですか。 希望校に合格できますように!
って、ウチも言うてる間ですがな; 

こちらも昨日と今日の温度差が恐ろしいほどあります。
季節の変わり目、あっきいさんのご家族とも体調を崩されませんように…




by ねね (2010-10-01 17:22) 

ねね



金鳳花さん こんにちは♪
ご来訪とコメントをありがとうございますv

長編をお読みくださってありがとうございます!
仰る通り、ラブラブ物ではありませんが、そこはかとない恋慕が伝わったようで嬉しいですv
次の蔵出しはいつになるかわかりませんが、この他にも新作が書けたらいいんだけどな~(←希望)

年末に向けてお忙しくなりますね。
体調をくずされませんよう、ご自愛くださいませvv


by ねね (2010-11-27 21:03) 

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